「じゃあ、最後の質問なんだけど……」。
ロバート・ダウニー・Jr.が会話を始めるときに最初に言う言葉だ。明らかにジョークだ。アイアンマンをスーパーマンと並ぶ伝説にした小悪魔的な魅力を発揮し、全神経をフル回転させるハイテンションの映画スター。彼は遊びたいのだ。しかし、それは同時に、気を抜かず、油断せず、これが何であれ、我々が一緒にいる時間がつかの間であることを忘れないようにという戒めでもある。カメラに囲まれて育った、現在58歳のダウニーは、時間が刻々と過ぎていることを痛感している。その瞳の奥では、常にカウントダウンが行われているのだ。長年にわたるインタビューの中で、彼はしばしば同じような運命論的なテーマに戻ってきた。それは、君たちが思っているより、終わりは近いのだから。いつか必ず来る。もうすぐかもしれない。誰にもわからない、とういうことだ。
「彼はそのことを気にしながら行動しているとは思わないわ。でも、この時期、彼は非常に内省的だったと思うの。彼はよく口にするの。『 僕はバックナインにいる』って」と、妻でありプロデューサーのスーザン・ダウニーは言う。２人は20年以上前、2003年のホラー映画『ゴシカ』で出会い、2005年に結婚した。そして同年、次のコラボレーション作品であるネオ・ノワール映画『キス・キス・バン・バン』が公開された。現在、２人は製作会社チーム・ダウニーを経営しており、彼女はいつチャンスを掴むか、いつ遠慮するかなど、彼のあらゆる決断に激しく関与している。「彼は物語を語る上で、始まり、中間、終わりをとても意識しているの」。彼自身のことも含めてだ。「そして、手遅れになる前に、そうしなかったことを後悔する前に、いつその場を離れるべきかを知っているわ」とスーザン。
時を刻む時計の針は、彼が30年前に初めて身を置いた場所、つまり変貌を遂げた演技でアカデミー賞候補となった場所へと彼を運んできた。当時は、1992年の『チャーリー』の主役で、サイレント映画のスターを優しくも切なく描いた作品だった。それから16年後、2008年のハリウッド風刺映画『トロピック・サンダー』では、自身の職業を痛烈に揶揄した演技でノミネートされた。
今日、ダウニーは、クリストファー・ノーラン監督の核時代史劇『オッペンハイマー』で、キャリア官僚ルイス・ストローズに壮大さと不安の両方を吹き込み、別の変身で賞レースに参加している。ダウニーは、アメリカの原爆開発を支えた謎めいた主任科学者、キリアン・マーフィ演じるJ・ロバート・オッペンハイマーの信用を失墜させようとするストローズの戦後の努力をとらえたモノクロのパートを担当している。ダウニーにとって3年ぶりの大役であり、トニー・スタークの皮肉とスーパーヒーローぶりから離れ、より親密で傷つきやすい次章へと向かう彼の方向性を示すモデルでもある。
ここ何年もの間、ダウニーにはスタークのバリエーションを演じてほしいというオファーが殺到しているが、彼はそれをすべてかわしてきた。「スタークのバリエーションを演じるというオファーは、もう何年も殺到しているの。『ああ、彼はこの部屋で一番賢い男だ』とか、『彼は早口な男だ』とかね。そういうの全部よ」と、スーザンは言う。ダウニー自身は、自分の人生を変えたスーパーヒーローに自分がどれだけ似ているかについては、あいまいな態度をとっている。「僕は彼じゃない、はっきりそう言うよ」。2018年、『アベンジャーズ：エンドゲーム』の撮影現場で私が直接尋ねたとき、彼はそう言った。「どの映画でも、僕のコールシートがなくなると、いつもちょっとしたバーンオフ期間があるんだ。僕はもうちょっと…ただのクソッタレな俳優に戻るよ。僕はただの男で、とても興味深い過去があり、それを後悔しておらず、その過去を閉ざしたいと願っている。それが伝わると思う」。
しかし、逃れられない過去という暗黒の感覚もまた、ストローズの一部なのだ。彼はスタークというより、マーベル映画で厄介な役人として登場しそうな、官僚的なお騒がせ男だ。スーザンが言うように、「クリスがロバートの中に、彼の道具や魅力的でカリスマ的な素晴らしいものをすべて取り去り、静けさに目を向けると、彼がどんな人物になり得るかを見抜いたということが、信じられないようなことでした」。
そうやってノーランは、簡単なことではなく、難しいことを約束することで彼を夢中にさせたのだ。「こう言っておこう。私はロバート・ダウニー・Jr.にルイス・ストローズの面影をまったく感じなかった」とノーラン。「彼のことは知らなかったが、何度か会ったことがあった。外から見ていると、彼はまったく違うことに挑戦する準備ができているような気がした。そして監督として、同世代の偉大な俳優を説得し、まったく異なる方法で自分自身に挑戦させることができれば、何か特別なものが得られると確信したんだ」。
もちろん、この話には『最後の質問』もなければ、『最初の質問』もない。ダウニーは、他の映画俳優組合員と同様、我々の締め切りが過ぎるまでストライキ中だったからだ。しかし、結婚生活の中で『ダウニー語を話す』ようになったというスーザンは、彼がオッペンハイマーの巨大なアンサンブルに没頭するのをリアルタイムで見ていた。「彼は、何かが壮大に実行されるのが大好きなんです。彼が本当に好きなのは、決断を下し、作品を創り上げている、あの緊密なグループなのです」。
それが、ノーラン監督と製作パートナーのエマ・トーマスと共に『オッペンハイマー』を製作する魅力だった。彼らはダウニー夫妻と同じく、大きなスイングをしがちな夫婦の映画製作コンビである。「彼にとっては、クリスとエマは他の誰よりもそれを理解しているのです」とスーザンは言う。
キャスティングのプロセスでさえも、合理的である。「クリス・ノーラン監督の作品に出演する場合、基本的には電話がかかってくるの。『クリスが君に出演してほしいそうだ。彼の家に脚本を読みに来てくれる？』って」。スーザンは、夫の好奇心と、彼のもっと不活発な傾向とがぶつかったと冗談めかして言う。「ロバートは、『待って、そんなに東まで運転しなくちゃいけないのか？…分かった」という感じでした。彼がそうすることを望んだ時点で、彼の考え方がとてもオープンであることはもうわかっていたのよ」。
オッペンハイマー・チームは、鎧を脱ぎ捨てることを厭わない映画スターに出会ったことに驚いた。「正直なところ、彼は私の期待を覆すような人でした」とトーマスは言う。「彼と一緒に仕事ができたらどんなに素晴らしいか、私たちはよく話してきたんです。でも、我々は非常に特殊で、かなり削ぎ落とされた方法で仕事をしています。彼がその働き方にどう適応していくのか、私にはわからなかったんです。というのも、ロバートのような大スターになると、そういう仕事の仕方は必ずしも慣れないから」。
しかし、『アベンジャーズ』での経験は、オッペンハイマーの巨大なアンサンブルの一員となるための準備でもあった、 アカデミー賞主演男優賞受賞者3人を含むキャストの中で、79人の喋る役の1人だ。ダウニー演じるストローズは、マーフィー演じるオッペンハイマーだけでなく、彼自身の側近（アルデン・エーレンライク）、さらにはアルバート・アインシュタイン（トム・コンティ）とも何度も衝突する。真摯な信念と些細な不満の強力なミックスによって、彼は混雑した公聴会、戦略会議、裏工作のシーンを次々と指揮していくが、マーベルの分身のような当惑した華やかさはない。ストローズは政治に精通したサバイバーかもしれないが、部屋を満たすというより、みんなを自分の中に引き込んでしまうような、個性のブラックホールでもある。
マーベル映画でそうだったように、ダウニーは綿密な計画から外れる機会を喜び、映画製作者やスタッフたちと入念にシーンを練り上げ、ただ暴走するだけだった。「クリエイティブな観点から見て、彼は非常によく準備してきた」とノーランは言う。「非常に複雑なパートだが、彼はそれを完璧にこなしていた。彼はまた、即興とは呼べないようなものをいくつも持っていた。というのも、その多くは非常に入念に計画されたものだったからだ。しかし、彼は多くの装飾を施し、そのキャラクターに持ち込みたいもの、試してみたいものを持っていた」。
ノーランと撮影監督のホイテ・ヴァン・ホイテマは、何ページにも及ぶモノローグを語るダウニーを部屋の中で追いかけた。「彼は部屋の中を自由に動き回り、どんなエネルギーでも表現できるのが好きだったのだと思う。『もう一度やってみよう！またやってみよう！違う方法でやってみよう！』と」とノーランは言う。「70ミリのカメラがどんなに重くても、ホイトは決して疲れることはなかった。ある意味、ロバートは彼が疲れるのを待っていたのかもしれない。だから、彼は本当に奮闘し、何かに手を伸ばし、自分を伸ばすことができたんだ」。
「私が彼に会ったとき、彼を素晴らしくも奇妙にし、私が知っている誰とも違う人物にしたものすべてが、今日も彼のままなのです」。
スーザン・ダウニー
3本のマーベル映画でダウニーの監督を務めたジョーとアンソニー・ルッソは、ダウニーのやり方を似たような言葉で表現する。「撮影現場に戻ってくると、ロバートは計画を窓から放り投げて、ソファの上に乗ったりして、脚本から外れることで有名なんだ」と、ジョーは言う。「彼は自分自身を驚かせるのが好きだから、そうするんだ。彼は物事を新鮮に保つのが好きなんだ。彼はそのために明かりを灯すんだ」。
「あのキャラクターを10本も演じられるなんて、あんなことをしない限りありえない」とアンソニーは付け加える。「ロバートは確かに複雑な人生を送ってきた。彼は利害関係を理解し、喪失感を理解し、人生が浮き沈みの間で曲がり角を迎えることを理解している。彼は常にそのレベルの深さ、複雑さを求めている。彼は、そもそも私たちが映画を観に来る目的がそこにあることを知っているんだと思う」。
父ロバート・ダウニー・Sr.のオフビートなインディーズ映画に子役として出演し、80年代の映画『ハイスクール・ファイター』、『ときめきサイエンス』、『バック・トゥ・スクール』ではお調子者の相棒を演じた。映画製作者たちが彼の天性の魅力を増幅させると、彼はブラット・パックの人気者となり、時に笑いを誘い、時に悲劇を生む。苦悩に満ちた1987年の薬物中毒を描いた映画『レス・ザン・ゼロ』では、ダウニー自身が当時そうであったように、愛らしくも自己破壊的な青年を演じている。リチャード・アッテンボロー監督の『チャーリー』は、当時27歳だったダウニーが、チャップリンの数十年にわたる生涯を魂のこもった演技で演じきり、衝撃を与えた。それはダウニーにとって転機となったが、その後、下降線をたどることになる。
スーザンが彼と出会ったのは、彼がマーベルに出演する前だったが、メルトダウンした後だった。1990年代後半、ドラッグに溺れ、何度もリハビリ施設に入所し、刑務所に収監された。ダウニーにとって幸運だったのは、ソーシャルメディアが普及する前の時代には、負け犬を応援することがまだ流行っていたことだ。2000年には『アリーmyラブ』のシーズン4で恋仲になるなど、『カムバック』役を勝ち取ったが、次の薬物による逮捕でお役御免となった。しばらくの間、彼の悪魔は彼の人生を犠牲にするかもしれないと思われたが、その後、彼は助けを得て、クリーンになった。2度目のチャンスとは呼べなかったが……。彼はすでに2回以上チャンスを逃していたから。ダウニーはそれを無駄にしなかった。何年もかけて人生を立て直した彼は、依存症に苦
しむ人々にインスピレーションを与える存在となった。そして彼は、アイアンマンとして壮大なプロとしての復活を遂げた。業界内には、彼の復帰を歓迎するリスクに対する抵抗もあったが。
辛辣なインディーズ映画監督の父ロバート・ダウニーの晩年を描いたNetflixのドキュメンタリー『Sr.』の中で、俳優の彼は、映画製作が家族から教わった人生の処理方法のひとつであることを認めている。「面白い展開であれ、悲劇的な展開であれ、16ミリのカメラで撮影することで、それを振り返ることができるんだ」と、彼は映画の中でセラピストにこう語っている。「でも、僕の中には、こういう気持ちがあるんだ。僕は…」そこで彼の声は途切れる。「何かを見逃してしまう」。
そして、それがダウニーが3本目のリールで直面している挑戦なのだ。乗り遅れるな。怠けてはいけない。彼が達成した地位、蓄積した資源、同僚や世間一般から得た好意に胡坐をかいてはいけない。最近、彼は自分を2つに分けることで、2倍生きるという挑戦をしている。最近の2つのドキュメンタリー・プロジェクト、『Sr.』とMaxストリーミング・シリーズ『Downey’s Dream Cars』では、彼は親密なだけでなく、時には衝撃的なほど生々しい方法で、本当の自分と私生活を打ち明けている。その一方で、彼の演技はまったく新しい方向へと舵を切っている。オッペンハイマーはその第一歩にすぎない。次なる一歩は、パク・チャヌク監督のスパイシリーズ『The Sympathizer（原題）』で4人の別人を演じることだ。
彼とスーザンは、1970年代に米国に潜入した北ベトナムのスパイを描いたベト・タイン・グエンのピューリッツァー賞受賞作（2015年）を原作とするMaxのドラマの製作総指揮を務めた。『オッペンハイマー』と同様、ダウニーは自分の役、この場合は役柄の中に消えていく。「彼の登場人物はそれぞれ、アメリカ社会で様々な分野で大成功を収めた白人男性です」とパークは言う。「植民地主義的な一面を持つことは、彼らに共通するものだと言えるでしょう。彼らは典型的な聖人でも悪人でもなく、美徳と欠点を併せ持つ複雑な人間なのです」。
ダウニーはパク監督に、それぞれの役でどの程度見分けがつかなくなればいいのかと尋ねた。「観客には、一人の俳優が複数の役を演じていることをよく知っていてほしいが、物語に没頭するうちに忘れてほしい、と答えた」と監督は言う。「そのためには、各キャラクターが強い個性を持ちながらも、リアリズムの範囲内に収まっていなければなりません。観客が、これらの登場人物がアメリカの支配階級のさまざまな顔であるというコンセプトを理解するためには、一人の俳優がすべてを演じているという事実を感じ取らなければなりません」。
今考えると呆気ないことだが、ダウニーはアイアンマン役をほぼ見送られていた。マーベル・エンターテインメントの幹部は、もうすぐマーベル・スタジオの社長になるケヴィン・ファイギと『アイアンマン』のジョン・ファヴロー監督に彼を起用させたくなかったのだ。「それは純粋に、マーベルの役員会が、過去に法的なトラブルを起こしたことで有名な人物に、今後の映画の全チップを投じることに神経質になっていたということに尽きる」とファイギは言う。「私はノーと答えるのが得意ではなかったし、今でも得意ではない。でも、自分の思い通りにしようと胸を張ったりもしない。私は、ある方向に向かうべき理由を他の人々にできるだけ明確に示す方法を考えようとする。それでスクリーンテストのアイデアが浮かんだんだ」。
アカデミー賞にノミネートされたチャップリンの演技から14年、ダウニーはエゴを捨て、2006年9月25日にオーディションの撮影に臨むことを要求された。重役たちはついに、フェイジとファヴローが正しかったことを認めた。その後、その評価は数十億倍も正しいことが証明された。ファイギはダウニーを、自分自身と他のスーパーヒーローたちとの間に同僚的な雰囲気を育み、あらゆる意味で脇役となった、必要不可欠なチームプレーヤーとして記憶している。2013年、『アベンジャーズ』続編の製作が始まると、彼はマーベルとの契約交渉を利用し、共演者たちのギャラアップを要求したことで、ハリウッドの業界では大きな話題となった。
「私たちはよく冗談で、ロバートは演技部門のトップだと言っていた。 というのも、そこにいる全員が彼を尊敬していたからだ」とファイギは言う。「彼は全員を自分の下に置いたが、従属的な意味ではなかった。彼は彼らのチアリーダーになったんだ」。ある日、『アベンジャーズ』第1作の撮影現場で、ダウニーがクリス・ヘムズワースに、海外撮影中の納税管理についてアドバイスしているのを耳にした。具体的な話をするために、『奥さん』のスーザンをセッティングすることを提案した。彼はいつもそんなことをしていた。今でもそうだ。
「クリス・エヴァンスの結婚式でも見たわ」と、9月に行われたキャプテン・アメリカとアルバ・バプティスタの結婚式に夫と出席したスーザンは言う。 「クリス・エヴァンスとクリス・ヘムズワースがロバートに話しかけていたの」とスーザン。「私は、そうね、彼はそういう男よ……メンターとは言いたくないけどって。 でも、彼は多くのことを知っている男だと思うわ。彼は人生でも仕事でも多くのシナリオを経験し、多くのことを生き抜いてきたの」。彼女も同じ理由で彼に惹かれたと言う。「私が彼に会ったとき、彼を素晴らしくも奇妙にし、私がこれまで知っている誰とも違う人物にしたものすべてが、今も彼のままなの」。
10作を経て、ダウニー演じるアイアンマンは2019年の『アベンジャーズ：エンドゲーム』で退場したが、それでもシリーズとしては高水準だった。マーベルは、終わりを迎えたと思われるキャラクターを復活させることに定評があるが、ファイギはスタークにはそのようなことは起こらないと言う。「我々はあの瞬間を守り、二度とあの瞬間には触れないつもりだ」とファイギは言う。「私たちは皆、あの瞬間を迎えるために何年も懸命に働いてきた。魔法のようにそれを元に戻そうとは決して思いません」。
ダウニーは、『エンドゲーム』のための再撮影や、スタークの最後の台詞のやり直しにさえ消極的だった。「撮影最終日には、すでに涙の別れを告げていた。みんな感情的に前に進んでいたんだ」と、ジョー・ルッソは言う。「彼にやらせるのはこれが最後だと約束したんだ…いつもね」。
「あのセリフを拾うために戻ってくるのは、彼にとって難しいことだった」。とアンソニー・ルッソは付け加える。「彼が戻ってきたとき、私たちは彼がトニー・スタークのオーディションを受けた場所の真向かいのステージで撮影していた。だから、トニー・スタークとしての彼の最後のセリフは、彼が役を得た最初のオーディションから文字通り数百フィート離れた場所で撮影されたんだ」。
彼はそのキャラクターを終えようとしていた、 ダウニーはまた振り返っていた。カリフォルニアの砂漠にあるエドワーズ空軍基地で第1作を製作した初期の頃を思い出していたのだ。『アイアンマン』のファブロー監督は、彼のために戦ってくれた。それ以来、ダウニーは常にその責任を感じている。「静かな回想の中で、僕は砂漠の高地にいたことを覚えている……誕生日のときだったと思う。2007年4月だったかな」とダウニーは2018年に語った。「ジョンの芸術と人生における重要な時期のように感じたことを覚えている。彼が僕に対して持っていた信念、そして彼が僕自身に対して与えてくれた信念に立ち返るんだ」。
「私は、彼が完全な自然主義を実現できることを知っていた。その魅力の一部を完全に取り去り、リアルなキャラクターに没頭することができる」
クリストファー・ノーラン
映画では、第2幕が明るい雰囲気で終わることはめったにない。それはたいてい、主人公が最も暗く絶望的な状況にあるときだ。『アベンジャーズ：エンドゲーム』でスタークの同様に救いのある物語を完結させてから4年、ダウニーは……実際、かなりうまくやっている。マーベル・シネマティック・ユニバースを代表するヒーローとして稼いだ財産は、彼が数世代生きていくのに十分なクッションになるだろう。「でも、彼は落ち着きがなさすぎて、それどころではないんです」と彼の妻は言う。
『アベンジャーズ』と『オッペンハイマー』が彼に与えてくれたもの、つまり、自分の才能を試してくれる俳優仲間たちとスパーリングし、芝居をし、実力を測るチャンスである。彼の妻は、彼と一緒にテレビ番組や映画を見ることについてこう語る。「彼はスポーツ観戦のように観ています。彼は、誰かがやってのけたことや、自分が認識した難易度に興奮するんです。『ああ、これは夜に撮影されたんだ。あれは本当に寒かっただろう。彼はこのフィジカルな演技をし、このスピーチをし、振り返って、このエモーショナルなビートをしなければならなかった……』と。彼は、あなたが見ただけでわかるように、それを分解してくれるんです。この人は、大変なことを尊敬している人なんです」。
ダウニーは生粋のファンだ。2013年の『ジャッジ』の撮影中、彼はモニターの後ろにしゃがみ込み、自分が出演していないシークエンスで、ヴィンセント・ドノフリオ、ジェレミー・ストロング、ロバート・デュバルの演技力について狂言を吐いた。「彼は自分が賞賛するものを見ると、それを見て、吟味し、人々に知らせるのが本当に好きなのです」とスーザンは言う。
最後の部分は文字通りの意味だ。「彼は興奮して手を差し伸べたくなるんです。例えば、『ミスター・ロボット』の2エピソードで、彼はラミ・マレックと話す必要があったの」。彼は最終的に『オッペンハイマー』の共演者になった。「彼はクリス・アボットのことは知っていましたが、”On the Count of Three”を見て、彼とジェロッド・カーマイケルに連絡を取らざるを得なかったのです」とスーザンは言う。そして、『オッペンハイマー』のシーンをすべてダウニーと共有しているエーレンライクについては、「彼が好むと好まざるとにかかわらず、週に1回のフェイスタイムは保証されている」。
マーベル作品への出演が終わってからの3年間、ダウニーはほとんど何もイエスと言わなかった。（「これが終わったら、もし僕が休まないと聞いたら、電話して、僕がクレイジーだと言ってくれ」と、『エンドゲーム』が完成したときに彼は私に言った）。そして、『オッペンハイマー』との仕事では、彼が抗えないもの、つまり姿を消すチャンスがやってきた。
「私は、彼が完全な自然主義を貫き、魅力やペルソナを完全に消し去り、本物のキャラクターに没頭できることを知っていました」とノーランは言う。「私は彼がその気になっているのがわかったわ。彼は挑戦する気満々だったの」。スーザンは、夫の虚栄心が最初に消えたことを覚えている。「クリスは義肢装具をあまりやらないし、ウィッグやそういうものもやりたくなかったの。彼らはそのためのテストをしていたわ。確か、 ロバートが家に帰ってきて、『そうだ、剃ればいいんだ』って言ったのを覚えているわ。で、彼はこのハゲ頭を作ったのよ」と彼女は言う。それから彼女は、彼がやり過ぎているのではないかと心配し始めた。「彼は役作りのために体重を減らしていた。私は写真を見て、『ルイス・ストローズは本当にガリガリに痩せているとは思えない』と言っていたの。それから私は初めて映画を見たの。 それを通して彼と一緒に暮らしてた。で、何枚かスチール写真を見たんだけど、『ああ、今ならわかる』って思ったわ」。
ノーランがダウニーの演技で最も気に入ったのは、その長い一日の終わり、反抗的なストローズが迫り来る破滅をついに思い知る場面だった。「彼が首に手をやるちょっとした瞬間がある。手持ちのクローズアップだ。その仕草で、この男の魂が見えるんだ。俳優があんなふうに誰かの生の人間性に触れることはない。ほんの小さな瞬間なんだ。毎回、感動させられるんだ」と ノーランは言う。「とても長い一連のテイクの中の、後のテイクなんだ。彼は毎回、大規模な感情のジェットコースターを経験していた。その当然の結果なんだ。君たちは彼に同情する。そんなつもりはまったくないのにね。でもそうなってしまう。自分を辱めた誰かを見ているのだから」。
トーマスは編集作業中、信頼できる友人や同僚たちのために初期のテスト上映会を開いたことを思い出した。彼らの中には、地球上で最も知名度の高い俳優の一人であることがわからなかった者もいた。「何人もの人がロバートだと気づかずに映画を観ていました。それは、彼が本当にそのキャラクターを生きていたという事実、変身を如実に物語っています」と彼女は言う。
生きることが鍵。「バックナイン」は最終的に再生する。すべての第3幕には結末がある。課題は、それを満足のいくものにすることだ。
ダウニー夫妻はビーチを散歩するのが好きだ。そこでブレインストーミングをし、先の可能性を描くのだ。2020年にパーキンソン病で亡くなったスーザンの父。ロバートの実父も1年後に同じ病気で亡くなった。そしてダウニーの親友でパーソナルアシスタントのジミー・リッチは2021年に交通事故で亡くなった。このような会話に重きを置かずにはいられない。時を刻む時計は無視することが難しくなっている。「あなたは言うわ。『よし、この先何年も、何本も映画を観たり、子供たちと過ごす時間はない』と」とスーザンは言う。（2人は子供が2人おり、ダウニーには前の結婚でもうけた成人した息子がいる）。 「より意図的になると思うわ」。
ダウニーは、自分自身であること、その現実をゆがめたりそらしたりするものに抵抗すること、そして自分自身の頭から逃れる最も健康的な方法、つまり自分以外の誰かを演じることに没頭する方法を見つけることに人生を費やしてきた。『オッペンハイマー』を後目に、”The Sympathizer”は完成して来年の公開を待ち、ハリウッドが労働争議に取り組むなか、すべてが保留され流動的である。次はどうするのか？それが問題だ。
最後の質問ではない。まだだ。ダウニーの第3幕はすでに始まっている、 しかし、ここから先はまだ発展途上だ。
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